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事務所だより

コナン君の裁判員制度問答No.10 豆電球No.69

2008年9月6日

コナン君の裁判員制度問答No.10

コナン さて、「裁判員制度になれば、刑事裁判はこう変わる」の続きだが。

長谷川 今日は、刑事裁判の迅速という点に関わる話だ。日本の刑事裁判は時間がかかり過ぎているとか言われているね。
実際には、日本の刑事裁判は、重罪事件でも大半は審理日数は3日〜5日程度で結審に至っている。刑事裁判全体が著しく長期化しているとか、そういう実態 にはない。このことは、押さえておいて欲しい。その上で、確かに一部の刑事裁判で著しく審理が長期化している事件がある。最近でも、オウム真理教の教団 トップの裁判にとてつもなく長い年数がかかり、この問題が関心を呼ぶようになった。
刑事司法の制度設計にあたって、刑事裁判の迅速というテーマは、当然、考慮されるべきテーマの一つだ。

コナン いや、長谷川さんから、「迅速な刑事裁判の実現」ということが言われるとは思っていなかったよ。驚いた。人権派弁護士は、迅速な裁判→拙速な審理による被告人の防御権の制限のおそれ→刑事裁判の改悪、という筋道で考えるもんじゃないのかね。

長谷川 人権派弁護士にとって、迅速な刑事裁判の実現を言うことは、タブーとまでは言えないが忌避されてきたことは事実だ。
確かに、裁判の迅速化というのは被告人の防御権を制約したり、拙速な審理によって誤判を生み出すという意味では、被告人の人権保障と緊張関係にあること は確かなんだ。特に、弁護士が弁護人として活動するときは、絶えず、その危険とたたかう必要がある。この点は、裁判員制度のもとでは特に重要なんだ。これ は、いずり改めて述べる。

コナン 一部かもしれないが、なぜ、あんなに時間がかかるのかと思うことはあるよ。

長谷川 個別 の事件について言及することはできないが、一部の刑事裁判が長期化している要因は、被告人の防御権の保障のためだけにそれだけの審理期間が必 要であった、という説明だけでは不十分だと思う。月に一度程度しか公判が開けないという裁判慣行、それが当たり前という法律家の意識もあるだろう。

コナン 民事裁判を傍聴したことがあるけど、裁判官が言った期日について、双方の弁護士が「差し支えます」を連発して二ヶ月も先になってしまった場面を見たことがある。

長谷川 特に刑事裁判について、「争点を絞り込んだ上で双方の立証をたたかわせる」という発想が訴訟の運営の場で余りに弱かったということもあるような気がする。
司法制度としての刑事裁判制度の在り方を考えるに際して、裁判の遅延がもたらす問題点から目をそらすべきではないことは、当然だ。裁判員対象事件の多く は、事件の性質上、逮捕され身柄を拘束された状態で裁判を受けることになるが、被告人が無実の場合、必要以上に身柄拘束期間を長期化することは避けなけれ ばならない。無罪判決が確定した場合には刑事補償が受けられるが、金銭補償では解決できない。
裁判の不当な遅延による証拠の散逸や劣化ということも見過ごせない。時間が経てば、関係者の記憶も薄れるよね。
日本国憲法37条は、「刑事被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と定めている。これをしっかり認識した上で、制度の構築をすることは、私は当然だと思っている。

コナン いやいや、意外な話を聞かせてもらったよ。いずれにしても、裁判員制度になったら、裁判は迅速化するのかい?

長谷川 さっき述べたように、大半の事件は今までも、数日以内で審理は終わっている。
最高裁は、3日ないし5日以内で審理は終わると見込んでいるが、そうなると思うよ。

コナン えー、三日で終わるのか。

長谷川 誤解しないで欲しいのは、裁判員が参加する審理までに、公判前整理手続といって、事実関係についての検察官の主張、弁護人の主張を出し合ったり、 検察官の手持ち証拠の開示請求を行ったり、そういう準備が行われる期間がある。重大な事件、争点が複雑な事件では、その準備期間は数ヶ月に及ぶと思うよ。 3日ないし5日で終わるというのは、裁判員が参加して行われる審理のことだ。

コナン 連続殺人事件やオウム真理教事件のような組織的犯罪等で被告人が否認している場合は、どうなんだろう。

長谷川 そういう事件は、もちろん5日程度では済まない。審理日数だけでなく審理の期間も、場合によっては相当長期になる場合もあるだろう。ただ、これまでよりは短縮されることは間違いない。
なお、裁判員の負担の軽減のため、同一の被告人について複数の事件が起訴された場合、これを分割して、それぞれ別の裁判体を編成して審理を行い、判決を 出すという制度も導入された。例えば、A事件、B事件、C事件について、それぞれ別々に裁判員が選任されて審理を行い、A事件、B事件について事実認定に 関する判決を行い(部分判決)、最後に評決を行うC事件の裁判体が、C事件について有罪か否かの判断と併せて、A、B事件の判決を前提として量刑判断を行 うというものだ。

コナン へえー、そんな制度もあるんだ。それにしても、裁判員裁判になったら、「拙速な審理になるという心配の声も聞かれるが、どうなんだ。

長谷川 その危険性は、無視できないと思うよ。「裁判員は、忙しい中、来て貰っているんだ!」といわんばかりに、被告人の弁解も十分聞かないで審理を進めたり、必要な証人調べを認めなかったりする危険性もある。これは、弁護人だけでなく、検察官にも言えることだが。
この点では、法律家が果たすべき役割、責任は重いと思うよ。弁護士は、不当な立証制限には毅然と対決する必要がある。検事も、必要な証拠をぬかりなく出さなければダメだ。
裁判官は、捜査側に比べて組織力、証拠収集能力等に劣る被告人側の立証については、十分配慮すべきだと思う。必要な場合には、審理日を追加設定することもやるべきだ。

コナン 検察官、弁護人の責任は重いね。

長谷川 そうだと思う。例えば、裁判員制度になれば、検察官は、おそらく提出する証拠の量を最小限に絞ってくるだろう。従って、公判前整理段階において、 弁護人は、被告人に有利な証拠の所在にアンテナを張り巡らし、証拠開示命令の制度等を用いて被告人に有利な証拠を見つけだすことが重要になる。何よりも、 捜査段階での弁護人の活動が決定的だ。冤罪の温床は、何よりも捜査段階にある。この点では、被疑者段階で全ての刑事事件に国選弁護人が選任されるように なった意義は極めて大きい。画期的なことだと思う。

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