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事務所だより

弁護士増員問題を考える 豆電球No.34

2007年10月10日

弁護士増員問題を考える

先月、法科大学院卒業の司法試験合格者(新司法試験)の発表があり、約1800人の合格者が出た。旧司法試験(法科大学院以外の受験者による従来の司法試験)合格者と合わせれば、2300名ということになる。その大部分は弁護士になると考えられている。
この司法試験合格者の急増は、平成13年6月の司法制度改革審議会の最終答申が平成22年までに合格者を3000人とすることを打ち出したことに基づくものである。
今、この弁護士人口の急激な増員の是非について、弁護士の間での論議が喧しい。新聞紙上でも弁護士の大幅な増員の中で司法研修所を卒業したのに就職できない弁護士の増加等が報じられ、国民の関心も呼んでいる。
私は、従来から、わか国の法曹人口は国民の需要を十分満たしておらず、紛争の適切な法的解決と国民の人権擁護のためには法曹人口の増大は、必要欠くべか らざる改革であると考えている。このような意見は、残念ながら、法曹人口の増大に否定的ないし消極的な意見が多い愛知県弁護士会の中では少数であるらし い。
小さすぎる司法、「二割司法」と呼ばれる状況のもとで、裁判が長期化したり、身近に弁護士がおらず泣き寝入りを余儀なくされたりといった弊害が続いてい たことは、否めない事実である。特に、その弊害は、1993年にバブルが崩壊し、日本経済が未曾有の長期不況に陥り、多重債務者の激増、自己破産の増大、 企業のリストラ解雇、賃金引き下げ等が拡がり、国民の中に貧困が拡がった、この10年間の間に一層顕著となった。年間3万人の自殺者の中には、経済的理由 によるもの、すなわち債務の累積や失業等が契機となった自殺者も増大していった。もし、この時期までに、十分な弁護士人口が確保され、司法が、弁護士が、 困窮した国民に身近な存在であれば、自ら命を断つことを思いとどまった人もいたに違いないと思うと、残念でならない。
日本の弁護士たちは、労働裁判、公害裁判、薬害裁判、オンブズマン活動等、様々な分野で優れた役割を発揮してきた。しかし、国民の期待と要請にこたえる 法曹人口の確保という点では、十分な対応ができなかったことを、率直に反省しなければならないと思う。この辺りのことは、ホウネットニュース8月号のコラ ム「日本の弁護士ができたこと、できなかったこと」にも書いたので、お読みいただければ幸いである。

このように、私は積極的な法曹人口増員賛成派なのであるが、それにしても、今、進められている毎年3000人の司法試験合格者を生み出すという余りに急激な増員策は、問題があると思う。
「3000人合格者」という路線は、新司法試験では2年ないし3年での法科大学院での履修が前提となっており、法科大学院では、法律知識だけでなく、論 理的思考力、表現力、紛争解決の技術、法曹倫理等も教えているから、実務法曹に必要な資質は確保され得るという見解を前提としているように思われる。しか し、実務法曹に必要な本当の資質は、OJT(オンザジョブトレーニング)によってしか養成、涵養、向上させることができないものが少なくないのである。
例えば、法律相談。六法全書や基本書に書いてあるような法律知識だけなら、今はインターネットでも入手可能だ。法律相談は、短い時間で相談者の相談の エッセンスを把握し適切な解決手段を選択して助言する必要がある。相談者の悩みを聞き、思考の交通整理を助け、新たな一歩を踏み出すためのカウンセリング の機能を併せ持つこともある。
例えば、訴訟。複雑な事実関係から、重要な事実とそうでない事実を選別し、法律的主張として構成し、その主張を証明する証拠の収集を行う。最近の修習生 を見ていると、対立する意見との論争に慣れていない。相手方の主張を的確に把握し、それと噛み合わせながら、的確に批判する表現力に乏しい。これは、大学 時代の体験の希薄化というか、マジな話を熱く議論するという経験を持ったことがないということに由来するのかもしれない。
現代においては、こうした資質は、先輩弁護士の指導、助言を受けながら、依頼者の生活と権利の行方が自分の事件処理如何によって左右されるという責任と緊張感の中で事件処理を重ねる中でしか涵養され得ないのである。
このように、国民のニーズに応える法律家の資質の確保のためにはOJTが不可欠である以上、新人弁護士を受け入れ、指導、養成する弁護士、法律事務所を どの程度、確保できるか否かという事情は、司法試験合格者数を決める上で、十分考慮されなければならないのではないだろうか。2500名とか3000名と いう合格者が毎年輩出されてくることになった時、それを受け入れる体制が弁護士側で十分確保できない恐れがある。当面、2、3年は何とかなるかもしれない が、早晩、行き詰まる可能性がある。
数年後に3000名という司法試験合格者を出すというような急激な法曹人口増員政策を見直し、もう少し段階的に法曹人口増大を進める必要があると思う。その方向で、日弁連も方針を確立して、各界との協議、働きかけを強めるべきた。
同時に、私は受け入れる弁護士側の努力、自己改革が強く求められていると思う。キャリアを積み、一定の顧客層、営業基盤を確保している弁護士の中には、 「今のままでも自分だけ食べて行くには十分だ」「新人を採用すれば、事務所のスペースも広げなければならず、事務員を雇う必要があるが、面倒だ」等と考え る者も少ないようだ。これでは、国民の期待に応える司法の実現は程遠いと言わざるを得ない。私たち名古屋北法律事務所は、加藤弁護士入所に併せて、思い 切って事務所の移転、拡張を行った。弁護士が、「国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現」という看板を掲げるなら、その担い手を育成することは極めて重 要な課題であることは明らかだ。今こそ、志を持つ弁護士たちは、思い切って設備投資も行い、人材育成にも投資すべきた。それによって所得は多少、減るかも しれないが、時間は増える。ワークシェアリングは、弁護士が、業務以外の様々な公益のための活動や地域での様々な活動に従事する時間を作り出し、また「ラ イフワークバランス」を改善することにもつながるに違いない。

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