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事務所だより

検察審査会の強化について 豆電球No.86

2009年6月9日

検察審査会の強化について

検察審査会というものをご存じだろうか。
市民から無作為抽出(くじ引き)で選出された審査員で構成される審査会が、検察官が行った不起訴処分をチェックする制度である。昭和23年に検察審査会法が制定されて既に60年近くになるため、審査員になった経験をお持ちの方もいるかもしれない。
裁判員制度の導入が大きな話題になっているが、実は、無作為抽出された市民代表が刑事司法に参加するという仕組みは、既に検察審査会制度の中に原型を持っている。

今般、検察審査会法が改正され、裁判員制度が施行された5月21日から施行されることになった。改正の内容の目玉は、検察審査会の議決に拘束力を持たせたということである。すなわち、検察審査会は、検察官の不起訴処分が不当であると判断した場合、起訴相当の議決をなすのであるが、その議決には拘束力がないため、検察官が同審査会の議決にもかかわらず再度の不起訴処分をすればそれまで、ということになっていた。
今回の改正では、検察官が議決にもかかわらず再度の不起訴処分を行った場合、再審査を行い、それでも起訴が相当であると判断して再度、起訴処分相当の議決をなした場合、自動的に起訴されたものとみなし、刑事裁判が始まるというものである。その場合、検事ではなく、裁判所から指定された弁護士が検察官の役割を担い、公訴を遂行する。
この検察審査会法の改正も、裁判員制度と並んで、専門家集団に独占されていた刑事司への市民参加を広げる重要な改革である。

刑事訴訟法では、事件の送致を受けた検察官が、起訴すべきか否かの裁量を有するとされてきた。これを起訴便宜主義という。検察官の良識を信頼して、公訴権を行使すべきか否かの権限を検察に独占させたのである。この公訴権をどのように民主的にコントロールするかという論点である。
検察官が不当に公訴権を行使した場合、すなわち起訴すべきではない事案について起訴した場合には、裁判所がその逃避を判断するという仕組みが一応担保されているが、公職選挙法の戸別訪問禁止規定や公務員のビラ配布禁止規定(国家公務員法違反等)については、決まって革新的な政治団体、政党がもっぱら起訴される等、恣意的な運用がなされており、必ずしも十分に機能しているとい言い難い面があった。
しかし、もっと大きな問題は、検察官が、不当に公訴権を行使しなかった場合の民主的統制の仕組みが極めて脆弱であったということである。
例えば警察等の捜査関係者の犯罪や政治的な事件については、犯罪の容疑が明確であるにもかかわらず不当に起訴しないことが、しばしばある。西松建設違法献金疑惑でも結局、自民党関係者は訴追されなかった。もう20年以上前になるが、神奈川県警が日本共産党の国際部長の自宅を盗聴していたことが発覚したが、この事件も不起訴とされた。背景には、県警幹部の辞職により幕引きをはかるという検察と県警の裏取引があったとも言われている。
こうした特殊な事件だけでなく、一般刑事事件でも検察官が起訴すべき事案を不当に起訴しない事案が少なくないと思われる。
皆さんは、キムタクのような正義感あふれる検察官の姿を思い描き、起訴すべき事件を不当に行使しないようなことはないに違いない、と考えているかもしれない。
しかし、残念ながら、実態は違っている。この問題に光を当てたのは、男の子がダンプに轢かれて死亡した事件であった。検察官は、被疑者を不起訴としたのだが、遺族は納得しなかった。お母さんが必死で署名運動を行っている姿がテレビでも報じられたことを記憶しておられる向きもあるだろう。結局、同事件は検察官が起訴して有罪判決が確定した。
なぜ、このようなことが起きるのだろうか。
裁判官と同様、あるいはそれ以上に検察官は厳しい官僚制度のもとで仕事をしている。
もし万が一無罪判決を受けようものなら、刑事部長や検事正から叱責を受ける。求刑より著しく低い判決を受けた場合には、上司の厳しい審査が待っている。
そこで、立件がむつかしいと感じると、安易に不起訴処分に流れるという傾向に陥ることになりかねないのである。日本で起訴された事件の無罪率が著しく低いのは、起訴便宜主義によって、敢えて厳しい言葉を使わせてもらえば、時には検察官の身の保身のために、不起訴処分とすることが影響しているとも言われている。私自身、なぜ、この事件で被疑者を起訴しないかのかという強い疑問を何度も抱いてきた。現在も、岐阜県内のある検察審査会に不起訴処分不相当の申立をしている事件(交通事故)がある。被疑者が右折する際、後方確認を怠り、追い越そうとしていたバイクと接触し、バイクに乗っていた青年が瀕死の重傷を負い、脳機能に後遺障害を抱えてしまった事件であるが、このような重大な結果をもたらした被疑者について、検察官は被害者が脳障害で入院している間にさっさと不起訴処分を行っていた。被害者がその事実を知ったのは、それから2年以上が経過して弁護士が調査した結果、判明したのである。

裁判員制度も同様であるが、刑事事件というものは、国民の生活と権利に大きな影響を与える。このような重要な権力の行使を役人だけに全面的に委ねたり、専門家集団に丸投げしておくというのは、どうしても問題を生じるのである。
国民の権利を守るためにこそ、刑事司法への国民参加が求められているのである。
(なお、この記事は、暮らしに役立つ法律知識を一分加筆訂正して豆電球に収めたものです)

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