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事務所だより

灼熱のバンコクを歩く 豆電球No.52

2008年4月4日

灼熱のバンコクを歩く

3月末の春休みを利用して、タイ、バンコクに旅行した。摂氏35度、湿度70%以上という酷暑の中での旅行だったが、エネルギッシュなバンコク、 400年以上続きながらビルマ軍との戦争で壊滅したアユタヤ遺跡の迫力等、タイは実に魅力ある国であると感じた。異国の文明に照射され、未だ目眩が続いて いるような感じもする。
初日は、午後発、深夜着の日本航空の直行便に搭乗。座席シートに設置された液晶パネルで最新の映画を鑑賞できることに驚いた(私が見たのは「続ALLWAYS三丁目の夕陽」)。
ホテル到着後、クーポンを使用してチキンライスを注文したら、ボイルドチキンとライスが別々に出され、ライスもタイ米のパサパサした味で、お世辞にも旨いとは言えないものだった。
二日目は、バンコックの市内観光・ワット・アルン、ワット・ポー等の寺院、王宮見学等のおきまりのコースをバスで回る。東京の鳩バスのようなものであろう。
タイでは、95パーセントが仏教徒であり、男性は一生に一度は出家するとのこと。町のあちこちに寺院らしき建物があり、黄色い法衣を来た比丘の姿を見る ことができるが、実際にはヒンズー教の影響も相当大きいようだ。民家には、祠のようなものがあり、何かが祀られているようなので、ガイドに聞いてみたらヒ ンズーの神を祀っているという。
王宮の建物の中には、「ラーマーヤナ」の王とトッサカンのシーダー姫をめぐるたたかいを描いた絵画が回廊に描かれている。インド文化の影響も大きいよう だ。寺院は、金ぴか、けばけばしい原色が多く、日本の寺院とは全く趣を異にしている。わび、さびといった風情は、日本の四季を前提として成り立つ情緒なの だろうか。
夜は、タイ料理とタイ古典舞踊。タイの民族楽器による演奏と舞踊だが、メロディーに抑揚がなく、序・破・急というものもないので、日本人にはどうにも退屈なものだ。
3日目は、チャアプラヤー川を遡行してアユタヤに向かい、アユタヤ遺跡見学。タイの近代化に道を開いたラーマ5世の別荘、山田長政らが活躍した日本人町 の跡地等を見学した後、世界遺産のアユタヤ遺跡、王宮跡を見学した。見学は、ゾウに乗って遺跡の回りを回るのだが、ゾウに跨って歩くのは初体験であり(二 度とないと思うが)、ドッシ、ドッシと重々しい感じで、前後に振られ、首の回りが痛くなった。遺跡の仏像は、上半身や頭部が破壊されたままとなっており、 戦争の傷跡が今でも生々しい感じがする。戦争が国家の当然の権利とされ、略奪も当たり前であった時代を感じる。
夜は、バンコクに戻り、タイシャブ料理を食べた跡、オプションのニューハーフショーを見学。中学生の子供がいるのでいかがなものかとも思ったが、「るる ぶ」にも載っているし、その魅力に打ち負け、一人1000バーツを払って最前列から2列目のかぶりつきで見学した。その「美女」たちの美しいこと!一緒に ツアーに参加していた高校の先生(独身)は、「いやー、久しぶりにきれいな女性を見た」「こんなきれいな人、職場にはいないからね!」等と超ご機嫌のノリ ノリで、写真撮りまくり、『美女』が通ると触ったりして大騒ぎ。隣に座った私の妻は「夫婦に見間違えられたかも知れない。座る場所を間違えた」と悔やんで いた。ぶっ飛んだのは、松田聖子のそっくりさん。「赤いスイートピー」を披露したが、似ている。著作権を侵害しているのではないか、いや、男だからいいの か、帰ったら著作権法の本を調べてみよう等と考えている間に、ショーは終わった。ショーの後、「美女」たちがホールで待機し、40バーツを払うと記念写真 を一緒に撮ってくれるのだが、照明がない場所で見ると、やっぱり男ではないか!舞台の上で見るだけにとどめるべきだったと後悔した。
最終日は、水上マーケット、地元の木彫りの土産物店の買い物。
水上マーケットといっていも、運河のようなところをモーター付きの小型船舶で走り、到着地点にあるバザールで買い物をするというもので、写真にあるよう な、手こぎ船で船上の証人から物を買うというものではないが、買い物は実に楽しい。何が楽しいかというと、交渉、駆け引きである。タイでは、日本人とわか ると価格はめちゃくちゃふっかけてくるので、言い値で買う人はいない。妻は、初めから果物を買うと決めていたようで、ここだと決めた店の前で佇立し、じっ と様子を長め、手提げ鞄の財布に手をかけながら、交渉し、ドリアン等のフルーツを買っていたが、これは敗北の道である。初めから、買う気があると足下を見 られているから、売り手の勝ちは決まったようなもの。市価1パーツの果物を15バーツにまけさせたと言って喜び、ガイドブックを見てガッカリしていた。日 々、相手方と熾烈な交渉の修羅場をくぐり抜けた弁護士にまかせておけ!私は、黒い布製の手提げカバンに目を付けたが、しばらく周囲をうろうろし、若い女の 子が580バーツを250バーツにまけさせてかったことを確認した上で、交渉に入った。150パーツと言ったが、ベテランらしき女性の商売人は、それでは 首を切られてしまう(解雇されてしまう)という仕草をして、250バーツと言ってきた。私は、すかさず、二つ買うからもっとまけろと交渉し、二つで400 バーツでゲットした。私は、妻に、密かに優越感を抱いた。しかし、午後、バンコックのMBKで殆ど同じカバンが150バーツで売られていた。またタイに行 く機会があれば、リベンジしたい。いずれにしても、タイでは、買い物は楽しい。特に、可愛い子供が売っていると、。つい買ってしまう(それが、彼らの 『手』とは判っているのだが)。水上マーケットで絵はがきを売ってくれた少女、遺跡売り場でミネラルウォーターを売ってくれた元気そうな少年、みんな逞し く育って欲しい。
午後はフリータイムで、娘がタイ雑貨の買い物をしたいというので、モノレールのような電車に乗ってMBKという巨大な市場というかショッピングモールに付き合う。退屈なので、長男と一緒に、タイ語版の遊戯王カードを探したが見つからず、くたびれた(続)

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